弊社は自社ブランドの機器を開発&製造するメーカーですが、お客さまから機器のメンテナンスや、グレードアップなどの相談を受けることもあります。なんでもかんでも対応できるわけではありませんが、やれそうなご依頼ならばお引き受けさせていただいています。
今回はお客様から珍しいスピーカの点検整備のご依頼がありました。
ATCのSCM110A相当のユニット、アンプを搭載したセンタースピーカです。
お客様のご友人がATCに特注したもので、おそらく世界に一台しかないものと思われます。
このセンタースピーカはフロントスピーカ、リアスピーカのSCM50A4本と組み合わせたゴージャスなマルチサウンドシステムを構築していました。ご友人のシステム変更にともない、お客様が譲り受けたそうです。
現行のSCM110AはSCM100Aをダブルウーファ化したSCM200と同等のユニット配置となっていますが、お預かりしたスピーカはセンタースピーカですので、エンクロージャは横長配置になっています。
写真では立っていますが(苦笑)
型名は特に無いようですが、ここではわかりにくいのでSCM110ACと呼称します(笑)
ここしばらく鳴らすことはなかったそうですので、まずは電源をいれて音を出してみました。
何か変です。音が歪みます。原因を調べてみるとミッドレンジのSM75-150Sユニットが歪んでいることがわかりました。
これは困ったことになりました。メンテナンスとしてはアンプの点検&整備のみを考えていたので、ちょっと様相が変わってきました。
念のため、アンプを確認したところ、ウーファ、ミッドレンジ、ツィータすべてのアンプが問題なく動作しており、チャンデバもきちんと機能していることがわかりました。ここは一安心です。
ATCの名声を決定づけたのは、やはり口径75mmという大型のミッドレンジであり、それがSM75-150Sです。ATCのミッドレンジにはSM75-150とマグネット強化型のSM75-150Sがありました。どのシステムにどちらのミッドレンジが入っているのか、詳しいことはわかりませんが、自社製のシステムにはSM75-150Sが搭載されていたようです。
私もかつてはATCのSCM100Pを愛用しており、これにはSM75-150Sが使われていました。
ATCは90年代に輸入されるようになり、当初はユニットの単品販売もしておりましたので、アマチュアがこれらのユニットを購入して自作スピーカをつくることもできました。まるでホーン型のようなエネルギッシュで分厚い音がする素晴らしいミッドレンジです。
歪んでいるミッドレンジを放置することはできませんので、修理を試みました。
ホーン状のフランジを固定しているボルト外して、カッターの刃をフランジとマグネットの境目にあてつけて、少したたくとフランジを外すことができました。フランジを外すと振動板が露出します。
それにしてもデカい振動板、かつマグネットです。マグネットの直径は約180mm。これは有名なJBLの4インチドライバーであるモデル375の直径とほぼ同じです(汗)
振動板はアッセンブリーになっており、写真で見える三か所のボルトをはずせば交換が容易な構造です。さすがプロ用のユニットです。
振動板ASSYを固定しているボルトを外してマグネットと分離します。おそらく、ギャップに異物があり、それがボイスコイルとこすれて歪んでいるのだろうと推測し、ギャップの清掃をします。
うーーん、特に異物は検出されません。問題は無いようです。
振動板を元に戻し、音を出しながら位置調整を試みます。正弦波をつかったり音楽信号を使ったりして試行錯誤しましたが、どうしても歪を改善することができません。
目視ではボイスコイルが歪んでいるようには見えませんが、これはお手上げです。
こうなるとユニット交換という選択肢になります。ユニットの調達ができないか各方面を調べてみましたが、残念ながらSM75-150Sはかなり前にATCがユニット単品の販売を中止しており、入手することができません。さらに調べていくと現在はSM75-150Sのみならず、すべてのウーファ、ミッドレンジの単品販売を中止しており、システム販売のみになっていることがわかりました。
日本での正規代理店であるエレクトリにも確認したのですが、こちらはさらに驚いたことにコンシューマ向けのATCの取り扱いをやめたそうです。びっくりです。。。
ただ、ATCProは継続していくということで、SM75-150Sのユニット交換が可能か聞いてみました。補修パーツとしての単独購入はできませんが、故障しているユニットとの交換ならば可能ということでした。が、、、問題はその価格です。ユニット単品として入手できたころのSM75-150Sの価格は¥85,000ほどでしたが、現在の交換費用は20万円を越えるということでした。
ATCのシステムの価格上昇を考えれば不思議な価格ではありませんが、お客様に相談したところ、さすがにそれはきついとの回答。
他の手段を考えることにしました。
幸い、振動板ASSYのみを単独で購入できることがわかりました。振動板ASSYだけでも7万円くらいしますが、それは仕方ないということでお客様に納得いただきパーツを手配しました。
アンプ部をあらためてチェックしたところ、パワートランジスタとヒートシンク間のシリコングリスもドライアップがはじまっており、ここはケアが必要なようです。また、一部の電解コンデンサが明らかに劣化しており、外して容量を確認したところ、定格の1/10の容量しかありませんでした。全体としてはケミコンの使用率は低いので、ここを交換すればよさそうです。本当は電源の整流コンデンサも交換したいところなのですが、基板との接続強度をあげるためラグ端子型のブロックコンデンサを使っており、これが現在ではほとんど手に入りません。幸い、まだ大丈夫なようですので、ここは現状維持としました。
他社の製品をメンテナンスしてみると、得るところがたくさんあります。
今回は当初予定していた工数をはるかに越える点検整備工数がかかってしまいましたが、ATCの設計思想を伺いしることが出来たので無駄ではなかったようです。
振動板がイギリスから届き次第、再チャレンジです。
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