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プリアンプの難しさ ボリューム編

電気で信号を増幅し、スピーカやヘッドホンを鳴らすオーディオにおける最大の利点は、音量を自由に設定できるということだと思います。もちろん、小さい音も大きな音もハードウェアの能力により制限はされますが、それでも音量調整のできない蓄音機などと比べれば、電気式のオーディオは画期的なものであったと思います。それゆえに音量を設定するプリアンプのボリューム機能というのは、とても重要であると思うわけです。


一系統のソースしか使わない!ということであれば、セレクターレスのオーディオもありですが、ボリュームを使わないという選択肢は、ちょっと考えられません。


プリアンプに搭載される音量調整回路は、これもセレクター同様、機械式と電子式に大別されます。機械式の中には抵抗体を摺動子でスライドさせるいわゆる可変抵抗と、機械式のロータリスイッチで抵抗やトランスのタップを切り替えるアッテネータがあります。電子式ではIC内の抵抗を切り替えるタイプがオーディオ用としてはもっとも応用例が多いと思われます。変わったところではCDSを使ったものもあります。機械式リレーを制御して抵抗やトランスのタップをきりかえるハイブリッドなものもあり、これは制御回路が必要ですので、私は電子式と分類しています。



可変抵抗はさらに細分化され、抵抗体の材質によりコンダクティブプラスチック型や巻き線型、カーボン型などがあります。


一般的に現代プリアンプに使われているのは、これは圧倒的にコンダクティブプラスチックタイプが多いと思っています。もちろん、同じタイプでも使っている材質や構造などにより価格は天地の開きがあり、有名なアルプスのRK501などは、このパーツの値段でちょっとしたプリメインアンプが買えるほどです。オーディオ華やかりしころの日本製の高級プリアンプは特注のボリュームを採用する例も多く、私が最初に買ったSONY TA-E88も凄いボリュームを搭載していました。海外に目を向けると、あるアンプの出現を境に、高価なボリュームを搭載したアンプが続出するようになりました。


それこそがマークレビンソンです。


最初期はウォーターズというブランドの巻き線ボリュームを搭載していましたが、すぐにスペクトロール(現在のVishey)の#100型に変わります。もともとオーディオ用に開発されたパーツではなく、測定器とか産業用の特別に精度の高い調整が必要な用途のために作られたパーツです。オーディオ用のA カーブではなく回転角に比例してdB単位で変化するカーブなので、独特の音量感となりますが、当時入手できるもっとも高精度なパーツとして選ばれたのでしょう。私はウォーターズのポテンショメーターを搭載したJC2を所有していましたが、これはボリュームを絞った時のギャングエラーが大きくて、小音量再生は本当に苦手でした。LNP2Lのスペクトロール#100は全くそのようなこともなく、快適に調整ができます。1970年代後半のアンプに搭載されていたこのパーツですが、驚くなかれ今もVisheyのカタログに載っており、特注すれば入手することも不可能ではないようです。価格は20年くらい前に15万円ほどだっと記憶していますが、今はいったいいくらするのか見当もつきません。マークレビンソンのアンプ、例えば私の愛機LNP-2Lのボリュームには1dBステップの目盛りがついています。まさか、そんな精度で動作するわけがないと高をくくっていましたが、あるとき、オーディオプレシジョンで測定してみてビックリしました。目盛りと実際のゲインが寸分たがわず一致しているのです。おそるべき精度です。



マークレビンソン以降は海外のアンプも部品に拘った製品がどんどん出てきました。クレルはP&Gのコンダクティブプラスチック型をよく使っていました。マークレビンソンも設計がトムコランジェロに変わったころからP&Gに変わっています。スペクトロールが高すぎたのでコストダウンしたのだろうと私は思っています。スルスルと軽く回るスペクトロールに対してP&Gはねっとりとした操作感であり、私はちょっとあれが苦手です。。。スレッショルドのデビュー作NS10にも実はスペクトロール#100が使われているのは、案外知られていません。


昔話はこの辺にして、Model3の音量調整をどうするかについてお話します。


アンプ回路が完全差動の全段バランス回路となりますので、普通に考えれば4連ボリュームが必要になります。

バランス回路のメリットはCMRR(コモン・モード・リジェクション・レシオ)が優れていることだと考えています。その性能を最大限に高めるためには、ネガティブ、ポジティブアンプの動作が均一であることが重要です。ボリュームには多かれ少なかれギャングエラーが存在し、それは即、CMRRを低下させる要因となってしまいます。多連ボリュームを採用する際にはその点に注意しなくてはなりません。


機械式か電子式かによって、アンプの性質、操作感などもかなり変わってきますから、まずは、どちらでいくのか?その選択をしなくてはなりません。電子式の調査もだいぶ時間をかけて実施しました。リレーをかちゃかちゃ動かして音量を制御するアキュフェーズのアンプにも驚かされましたが、電子式で一番衝撃を受けたのはジェフローランドに搭載されていた電子ボリュームLSIです。LSIで組んだボリュームなんて使い物になるわけがないと、根拠のない思い込みをしていた若かりし時代ですから、その精度と性能にホントに驚きました。以来、このタイプの電子ボリュームは多くのハイエンド機器に搭載されることになったわけです。現在でも、さらに高性能化された形で、このタイプのデバイスは現役です。当然、最新のデバイスを対象にModel3への適用についても考察に考察を重ねました。しかし、根源的にこれらのデバイスを使うには、どうしても制御用のCPUが必要となり、当然、ソフトウェアを開発しなくてはなりません。DVASを設立するにあたり、私はいろいろなことを自分自身に課しています。その一つがDVAS製品はソフトウェアを搭載しない100%ハードウェアで実現するということです。今時、なんて前時代的なことを言うのかと自分でも呆れます。今時の電子機器は高度なハードウェア上で動作するソフトウェアなしには語ることができません。私も長年そういう電子機器の開発の現場で製品を開発してきました。ソフトウェアで実現できる無限の可能性がある一方で、バグの存在や開発期間の長期化、開発人材投入に伴うコストの増加というリスクもたくさん見てきました。それらを排除するにはソフトウェアを搭載しなければいい、ソフトウェアエンジニアではない私は単純にそういう選択をしたわけです。ない袖は振れないということですね(笑)よって、電子式ボリュームは早々に選択肢からなくなりました。


こうして機械式の音量調整を採用することが決まりました。今度はどんなデバイスにするのか?が課題となってきます。可変抵抗の場合、それ自体は他社が作ったものを採用するしかなく、抵抗体をああしたいとか、こうしたいなどということは出来ません。回路を考えていく過程で、現在、入手できる他社製の完成品では、私が考える機能をもったアッテネータがみつかりませんでした。海外に選択肢となりそうなメーカーがあり、何度かやりとりしましたが、彼らから提示される製品情報が不足しており、採用を断念しました。


さて、どうしましょう?


何のことは無い、ロータリースイッチと抵抗を組み合わせたアッテネータを自分で設計すれば良いことに気づきます。自分で設計するのであれば、可変カーブや全体のインピーダンスは無論のこと、回路との接続方法に関しても自由に選択することができます。この自由度の高さは圧倒的に魅力があります。

かくしてModel3の音量調整はロータリースイッチと固定抵抗を組み合わせたアッテネータということに決まりました。


音質視点では抵抗ではなくてトランス式の方がさらに優れてるという意見も聞くことがあります。しかし、単純に現在想定している筐体内に多接点のロータリースイッチとマルチタップのトランスを収めるスペースはありません。よって、トランス式アッテネータの選択肢はなくなります。抵抗式にしたところで、多接点になればなるほど大型のロータリースイッチが必要となり、例えば58接点もあるセイデン74SG型などを組み込むこともできませんので、そういう多接点アッテネータも構築できません。

想定しているアンプシャーシに収まる形状、実用的に十分な接点数、入手の容易さ、製品の信頼性、そしてコストなどロータリースイッチの採用は、多角的視点から判断する必要があります。それはもちろんたくさん必要な抵抗にも言えることです。いくら音が良いからと言ってビシェイの金属箔抵抗を何十個も使うことはDVASの生産規模では現実的ではありません。


セレクターの話の中で接点恐怖症的な話をしましたが、それを推し進めるために、Model3では信号経路から機械式接点を排除することを目標にしています。機械式アッテネータを使いながら信号経路に機械接点の存在しないアンプがつくれるのか?一見、矛盾するようですが、前提条件はあるものの、出来ない話ではありません。


音量調整だけに気を取られがちですが、必要悪という考え方もあるもののバランス調整も必要だと思っています。ただ、いわゆるバランスボリュームはその構造上、とても音が良さそうには思えません。同じことをマークレビンソンが考えたのかどうかは知りませんが、LNP2Lは左右独立の入力ボリュームがついています。さらにJC2やML1、CELLOのアンコールなどでも、メインボリュームと別に左右アンプのゲインを個別に調整する機能が搭載されており、必要なときバランス調整に使えます。バランスボリュームを搭載することなくバランス調整を可能とした優れた方式だと思います。いっそ左右個別のボリュームにしてしまうのも、使い勝手は悪化するものの、回路的、構造的なメリットは確実にあると思います。ただ、実際に私自身は左右独立ボリュームを搭載したプリアンプを使った経験がないので、使いにくさがどの程度か想像するしかありません。どう考えても普及していないことを考えると、やはり相当に使いにくいのだろうと思います(笑)


そんな、こんなで、だんだんイメージがまとまってきました。


具体的なModel3の音量調整仕様は、また別の機会にお話ししたいと思います。




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